福島の子どもたちが放射能問題から少しでも離れることができるようにと、今も全国各地で保養プログラムなるものが開かれ、その気持ちのある保護者のみなさんがかわいい我が子を手元から離し参加させている。そんなプログラムのひとつ、「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」にかかわるようになり、これで有に百人を越える子どもたちと出会っている。ふくしまのF、かなざわのKが交流するから、FKキッズと呼んで、今ではまるで親戚のおじさんのような気持ちでいる。何回も参加している子にはとくに、キャンプ以外でも会いたいと思う。福島市で開かれた保養プログラムの相談会に出たついでに、福島の今を見ておくつもりで県内を駆け回った。いわきに入ったのが折しも下校時間に近いころで、もしかすると合えるかもしれないと儚い思いを抱いて、十人ものFKキッズが通う中学校へ向った。全員女の子だ。FKが初めて開いた夏のキャンプに四人、そのあとの冬にいきなり十人がやってきた。彼女たちとの出会いがなければ、FKはこうまで続かなかったかもしれない。それがおとなでもこどもでも、出会いがもたらす妙というものを感じないではいられない。
校門から大勢の中学生があふれ出てきた。黄色い旗を持ち、さようなら、さようならとひとりひとりに声を掛けているおとなはおそらく先生だろうと、生徒の写真を撮る承諾を得るため近寄った。「教頭の許可を得てください。この頃はぶっそうな世の中ですから」との返事に、そうだよな、面倒な世の中になったものだと、時間を割いてみたが甲斐なく断られ立ち戻った。その数分間にお目当てのFKキッズが流れ出たものか、そろそろあきらめようかというころになって、ひとり、懐かしい顔が現れた。「やっ!」と近寄る。びっくりするのは当然だが、その後の会話がぎこちなく、続かない。親しい気持ちはあるけれど、思い出深い石川でのキャンプならまだしも、日常にいきなりでは馴染めないのもまた当然か。途切れがちに言葉を交わし、せめてものことにと、中学生になった姿を撮らせてもらった。
ナナは落ち着いた子だ。真っすぐにカメラを見つめ返している。まだ撮り慣れていないローライフレックスを確認しながらゆっくりと操作し、無言で対話するようにピントグラスを覗いた。ほんの短い時間だったが、過ぎてしまうのがもったいないほど豊かな気持ちになった。日本中に大勢の子どもたちがいても、ほとんど出会うことなくそれぞれの人生は終わる。原発事故が起きてしまったがために出会った仲だと思うと、この一枚の写真がいつかおかあさんになった頃にでも改めて見直すときのために、丁寧にプリントして残しておきたい。老いながらも写真家を志す飽くなき者がキャンプの主催者でもあるのだ。子どもたちの素の姿を撮りたいと、ようやく思いはじめている。
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